ギルティープレジャー

ニューヨークの古い教会

根を詰めて仕事をし、極度に集中した緊張の日々が続くと、息が詰まって爆発寸前になる。ストレスが溜まってもうもたない。そういう時は、迷わず息抜きだ。

それは頭で考えるのではなく、体が自然に限界を知っていて無意識のうちに息抜き行為に移っている。長年の癖なのだろう。体がうまくバランスをとり、独自に動いてゆく。そんな時はあれこれ考えるより素直に欲望のままに従う。

息抜きのやり方はおのおのユニークな方法があるだろう。ジムに行って体を動かし、一汗かいてスッキリするというのが人気かもしれない。運動が苦手な私の場合は、ファストフードを食べること、そして夜、YouTubeで動画を見ることだ。こう書くとあまりにも単純で恥ずかしいが、かけがえのない息抜きである。

体に悪い食べ物はおいしいと言った人がいたが、まさに言い得て妙。ファストフードはその典型だ。悪いと分かっていながら、この時だけは許してねと自分に言い訳する。こういう所にいい加減な性格があらわになる。

で、その食べ物とは、冷たいアイスクリームかスムージーと熱々のフライドポテトという奇妙な組み合わせ。仕事が一段落した時、手っ取り早くぐるりと180度気分を変えるには、ファストフード店に駆け込み、この2品を手に窓際の椅子に座り、ぼんやり窓外を見る。店内の人々を見る。おそらく時間にすれば30分かそこらの長さだ。この何ともいえないぼんやりな時間が私にとって気分を切り替える大切な時だ。緊張とストレスは過去になり、新しいまっさらの明日の扉を開く。他人の目には滑稽だが、本人にはいたって真面目な効果抜群の儀式だ。

もう一つの息抜きは、一晩だけ思いっきりYouTubeを見ること。見始めたらもう止まらない。次から次へ、いろいろなチャンネルに飛び火する。タダでこんなにおもしろい映像が見られるなんて。地球の果てへの外国旅行が夢だった昔とは違い、今は世界の隅々まで誰かが旅をし、ありのままの現地の様子を録画し報告してくれる。編集されていないから日常がすべてそのまま映っている。百聞は一見にしかずとはよく言ったものだ。人々が行き交う町の様子をじっと見れば、その国の政治、経済、文化、宗教まである程度分かる。もちろん、現地に行き、本物を見、そこの空気を吸い、町の喧騒の音を聞き、会話して得られる生の感触には到底およばないが、それでも知らないよりはるかに良い。YouTuberに感謝することしきりだ。素晴らしい疑似体験ができる。

インドのガンジス川に沿って営まれる人々の日々の様子。ガンジス周辺は死と生のカオスばかりでなく、富と貧困のカオスがあり、その姿をありのままに見せてくれる。こんな世界が今もありますよと。アフガニスタンの岩だらけの荒野に洞穴を住居として暮らす一族もいる。我々の生活からはかけ離れているが、子供も夫も妻も年老いた親も一緒に住み、日々の喜怒哀楽は我々と同じだ。

一方、フランスやイタリアの美しい景色を堪能したり、中世都市の町並みを歩いたりする動画もたくさんあり、見飽きない。動画と一緒に自分も中世の石畳を歩いているような錯覚さえある。そして夜は更けてゆく。

カントリーライフ動画は人気がある。畑を耕し収穫をし、素朴な料理を作るスローライフを傍観者として見る。野花が咲き、犬猫家畜が遊ぶ。演出はされているが、のんびりした自然の風景は息抜きには最高だ。アクセス数がダントツ多いのは、私と同様、田舎生活に癒やしを求めているたくさんの人が世界中にいるということだ。一挙に世界の人との連帯感が生まれる。アクセス数から世界中の人の本音が垣間見られる。これが映像の強みだろう。見れば分かる。

見ることはどんなに大きな貢献かとYouTuberに感謝する。画面が何を言おうとしているのか、映った景色は何を我々に伝えようとしているのか。頭をクリアにし、しっかり見ると豊かな収穫がある。インターネットの持つ大きな長所だ。

人が死ぬ時に後悔することは、もっとやりたいことをやれば良かった、愛する人にありがとうと言えばよかった、もっと旅行をすれば良かった、だそうだ。旅行をする余裕がなかったらYouTube で疑似体験をしよう。いつかは私も旅立とうと希望を持って。そして一夜明けた翌日は気分一新、自分の今の現実生活に楽しくチャレンジだ。今日の一日が、自分の人生の一コマになる。

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樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

ライタープロフィール

カリフォルニア州オレンジ郡在住。気がつけばアメリカに暮らしてもう43年。1976年に渡米し、アラバマを皮切りに全米各地を仕事で回る。ラスベガスで結婚、一女の母に。カリフォルニアで美術を学び、あさひ学園教師やビジュアルアーツ教師を経て、1999年から不動産業に従事。山口県萩市出身。早稲田大学卒。

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