マリッジ・ファミリー・セラピスト
雅子・スチュワート
文/福田恵子 (Text by Keiko Fukuda)
- 2015年4月20日
高度な資格や専門知識、特殊技能が求められるスペシャリスト。手に職をつけて、アメリカ社会を生き抜くサバイバー。それがたくましき「専門職」の人生だ。「天職」をつかみ、アメリカで活躍する人たちに、その仕事を選んだ理由や、専門職の魅力、やりがいについて聞いた。
「相手の目を見てしっかり話を聞く 魂のレベルでの対話が醍醐味」
私の仕事は個人、カップル、ファミリーのクライアントを対象にした、メンタルヘルスのカウンセリングです。鬱病や心配性、国際結婚に関する悩みなどさまざまな相談を日英両語で受けています。
20代の頃は台湾系の航空会社のフライトアテンダントでした。台湾をベースにして住んでいましたが、6年勤続して辞めた後に日本に戻り、バイオエネルギーの会社に転職しました。その時に再び勉強したいという思いに駆られ、留学を志すようになりました。1992年に渡米を決めましたが、その年にロサンゼルス暴動が発生したので、親はアメリカに留学することに猛反対でした。そこで渡米後にお世話になる予定のメキシコ人女性の友達を日本に呼び寄せて、「彼女のところに住むから、安全だから」と親を何とか説得することに成功しました。
大学時代は音楽を専攻し、さらに興味のあった心理学を大学院で修めました。卒業前から、サンディエゴにある滞在型のメンタルヘルスのトリートメントを行う非営利団体の施設でインターンとして働き始めました。カリフォルニア州のセラピストのライセンスを取るためには、試験を受ける条件として3千時間の実習を終了することが求められます。カップルカウンセリングやファミリーカウンセリング、子どもを相手にしたカウンセリングなどすべてのカテゴリーにわたって経験することが必要なので、私が働いていた施設では家族やカップル対象の時間を稼ぐことができなかったため、試験を受けるまでかなり時間がかかってしまいました。晴れてライセンスを取得できたのは2007年でした。その施設に残り働き続けました。
クライアントのために自分の引き出し増やす
インターン時代を振り返ると、最初にぶつかった壁は「自分の無力さ」に尽きます。施設に来る人々の70%以上はホームレスで、実際に生死の境をさまよった人たちでした。精神面だけでなく、多くの人たちが麻薬やアルコールの問題も抱えていました。当時の私は麻薬に無知だったため、必死で勉強して知識を身につけました。学校で教科書を使って習うことと、生身の人間を相手にすることとはここまで違うのか、と現実とのギャップに気付かされました。そして、無力な自分でも「できること」から始めようと思うようになりました。
施設の上司に、音楽療法を試したいと提案したところ、その案が通り、実際に特技のハープを弾いてセラピーに応用したこともあります。そうすることで眠れるようになったり、笑顔を取り戻したりした人もいて、手応えが感じられて嬉しかったですね。今でも街で当時ホームレスだった人たちに声をかけられ、「あなた、ハープを弾いてくれた人ですね」と言われたりもします。
その施設は2012年に辞めて、独立してカウンセリングを行うようになりました。最後は施設でマネジメントに携わっていたのですが、何か困ったことが起こると夜中でも呼び出される生活に疲労困憊してしまったというのが独立した正直な理由です。就労時間外もまったく気が休まることがなかったのです。もっと自分自身にゆとりを取り戻したいと思い、自分のペースでカウンセリングができる今の状態にシフトしました。現在は1日に平均6人から8人のクライアントに会います。50分のセッションで10分の休憩をはさんで次、というようにスケジュールしてあるのですが、実際は、ほとんど休憩できません。というのも、皆さん、自分で運転して家に戻れるくらい落ち着いた状態で送り出さないといけないからです。フライトアテンダント時代に叩き込まれた「安全第一」という意識が今でも染み付いているのです。
この仕事をしていて嬉しかったのは、家で暴力を振るい、学校にも行かなくなり、親がもうどうにもできないとカウンセリングに連れてきた10代の男の子が1年半私の下に通った結果、暴力も振るわなくなり、学校にも毎日自分から行くようになったという最近のケースです。最初はその男の子はまったく私に心を開いてくれず、「どうして僕がここにいるんだ?」という態度でした。でも、次第に彼についてわかってきたのは、自分の気持ちを上手に言葉で表現することが苦手だということです。その子の目線になって、話を引き出すことによって、彼の内面に「受け入れられている自分」の意識を育てていくように努めました。
この仕事の醍醐味は何と言っても、魂レベルでの深い対話ができることです。今は携帯やパソコンの普及で、人と人が顔や目を見なくてもコミュニケートできる時代ですが、相手に向き合うことは実はとても大切なことだと思うのです。相手の目を見て、その人の話を聞く、そういうことができるカウンセリングの仕事を私は今後もずっと続けていくと思います。それにカウンセラーは自分が経験を積むほどにいい仕事ができるのです。良い仕事をするために、私は日々、自分の中の引き出しを増やす努力をしています。常に勉強です。
●氏名:スチュワート・マサコ(Masako Stewart)
●現職:マリッジ・ファミリー・セラピスト
●前職:フライトアテンダント
●取得した資格:Marriage and Family Therapist by State of California
●ビジネス拠点:カリフォルニア州サンディエゴ
●その他:趣味は大学で専攻したハープ演奏。現在も1名のみ生徒を抱えてレッスンの指導をしている。
●ウェブサイトなど:masakostewart.com
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