
優秀な若いソムリエの仕事ぶりをチェック
Photo © Yuki Saito
ワインは、本来食事と一緒に嗜むものだ。昔は、質の悪い水の替わりとして、また栄養が確保できない貧しい食事にカロリーを加える意味で、必需品だった。ヨーロッパでは、今でもランチや夕食時にワインを飲む人が多い。その目的で造られるワインは、食事を邪魔しないように、アルコール度が低め(13度くらいまで)で、酸味が高い。酸は食欲を刺激し、脂肪が高い肉や乳製品のしつこさを緩和してくれる。クリームソースにキリッとした白ワイン、トマトソースにはイタリアの赤ワインが、文句なしに合う。原産地(フランス、イタリア)の料理とワインの相性が良いのは当たり前だろう。
私も、職業柄そして自分の好みとして、食事には必ず何かしらのブドウ酒を合わせる。この夏講演会で滞在した日本でも、様々なレストランでワイン業界の後輩達と一緒に“マリアージュ”を楽しんだ。そこで気づいたことがある。プロのソムリエの“固定観念”だ。かなり質の高いソムリエがいるレストランに足を運んだが、割と当たり前のペアリングが多い。そこで私の“チャレンジ”が始まる。「あら? この料理になぜこのワイン? こちらのワインの方が相性が良いわよ」などと。
こんな逸話がある。日本のソムリエとしてはかなり有名な若い弟子と、小洒落たイタリアンに夕食に行った時のことだ。パスタのウニがあまり新鮮とはいえず、そこのソムリエお薦めの定番ワインが合わない。ウニの微妙な苦味と臭みが、イタリアの白ワイン独特の心地よい苦味とバッティングしていた。「これは赤ワインの方が合うわ!」と宣言した私に、弟子もソムリエもギョッとしている。ウニと赤ワインのペアリングなんて、ソムリエの教科書にはない。「しかも、泡があった方が、このえぐみをアウフヘーベン(矛盾するものを高い段階で統一し解決すること)してくれる」「それと超辛口はだめ。微量な残糖が感じられる辛口が良い」と結論を出した。そしてオーダーしたのが、「質の良いランブルスコ!」。
ランブルスコは、イタリア中部のサラミとパルメザンチーズの本場、エミリア・ロマーニャを中心に広く造られてきた弱発泡の赤ワインだ。超辛口から甘め、そして少し青臭い安物やどっしり系の高級品までいろいろある。お値段も現地では3〜5ユーロ、アメリカでも7〜10ドルくらいから、という財布に優しい日常ワインだ。現地では室温で飲む人が多いが、夏には好みで少し冷やして飲んでもおいしい。塩っ辛いサラミやチーズをつまみに、バルで立ち飲みするのが私の好み。赤ワインの優しげな泡と、イタリア人が大好きな「ちょっとだけ甘くて、しかも苦い」風味が、つまみに絶妙に合うのだ。
思った通り、オーダーしたランブルスコとウニパスタは、双方の味を引き立ててくれた。ソムリエが思わず、「うーん。合う! こんなペアリング、思いつきもしなかった」と唸った。日本のソムリエを見ていると、かなりの勉強家が多いが、発想が硬い。昔、学んだソムリエ教本を未だ信じている節がある。アメリカのソムリエは、その点、自由だ。しかも、こちらが彼らのチョイスをエンジョイしていないと知ると、これでもかというくらい一生懸命にワインを出してきて、客を満足させようと試みる 。私にとってのソムリエの価値は、ここにある。
翻って日本。今や日本ワインのブームは、食事とのマリアージュ人気と相まって、消費者も生産者も「日本食に合うワイン」ばかりを標榜する。そもそも、醤油に合うワインなんて存在しないし、 バター、チーズ、クリームといった脂肪分が少ない日本食にワインを合わせる意味なんて、あるのだろうか? と思っていたところ、ある日本の骨太ワインメーカーが、「純粋な日本食にワインなんて合うはずね〜よ。だから、ジャバジャバした薄いワインばかりができるんじゃね〜か!」との至言。私も同感だ。今でも寿司に合うワインには苦労するし、ラーメン、カレーライス、うどんにぴったり合うワインは、見つけられていない。ではビールや日本酒が合うかというと、単に水替わりに飲んでいるだけで、「ペアリングの真髄」即ち、「合わせることで食べ物も飲み物も、相乗効果で更に美味しくなる」とは言えない。
日本で、真面目にワイン造りに励んでいる人は分かっているはずだ。良いワイン造りは、あくまで「ワインの質」、つまりは凝縮度や熟成の可能性など、を追求すべきで、薄い日本食に合わせたワインなどを、目標にしてはいけない。
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