[敬老・売却問題] 売却成立へ、ロサンゼルス郡上級裁判所、反対派の訴え退ける
文&写真/佐藤美玲(Text and photos by Mirei Sato)
- 2016年2月5日
ロサンゼルスで50年以上にわたって日系人の高齢者に住居や福祉サービスを提供してきた「敬老」が、売却されることが決定的となった。
2月4日、ロサンゼルス郡上級裁判所のジョアン・B・オドネル裁判官が、売却に反対する市民グループ「敬老を守る会」(Save Keiro)が申請していた売却の一時差し止めを求める訴えを、却下した。
これにより、施設を経営する非営利団体「敬老シニアヘルスケア」と、買い手である不動産業者「パシフィカ」との間で進んできた「エスクロー」(代金の支払いと施設の経営権の引き渡し)のプロセスを、法的に妨げるものがなくなった。
両者は、売却完了の手続きをすぐにも済ませるものと見られる。

敬老の売却延期を求める反対派の訴えを退けた、ロサンゼルス郡上級裁判所
Photo © Mirei Sato
朝8時過ぎ。ダウンタウンにあるロサンゼルス郡上級裁判所のスタンリー・モスク・コートハウスの建物に、売却反対派のシンボルである赤いスカーフやバッジを身につけた人たちが集まってきた。
敬老の施設の居住者や、反対派のリーダーたち。そして、敬老を創設したメンバーの唯一の生き残りで、売却に強く反対している、フランク・オオマツさんの姿もあった。
第86法廷の836号室は、100人ほどが座れる部屋だ。反対派の人たちは、その約半数の椅子を埋めた。それと同数ほどのスーツ姿の弁護士たちが、法廷と廊下を何度も行き来しては、小声で相談を繰り返す。落ち着かない雰囲気の中、裁判官の登場を辛抱強く待った。
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そもそも、昨年秋に署名集めから始まった守る会の反対運動が、法廷闘争に走りだしたのは今年の1月初旬だ。大手の法律事務所の支援が決まり、司法長官から交渉の場を用意するという提案も届いた。
これに呼応して、1月12日、雇用や住居に関して差別や暴力などを受け公民権を侵害された人などを守るカリフォルニア州の「公正雇用住宅局」(Department of Fair Employment and Housing、略称=DFEH)に、苦情の申し立てが出された。
申し立ての内容は公表されていないが、関係者の話から推察するに、敬老の居住者が、売却の話によって差別を受け、精神的・肉体的に回復不可能な損害を受けた、として訴えた。
これを受理したDFEHの呼びかけで、州司法省、敬老、パシフィカ、訴えた居住者、敬老を守る会から、それぞれを代表する弁護士らが集まり、1月21日以降、3度にわたってミーティングを開いたという。
出席者は一様に、「内容は極秘」と口をつぐむが、話し合いは平行線をたどったようだ。
エスクローが終了してしまう前になんとかしようと、反対派がとったいわば「最後の手段」が、郡上級裁判所への訴えだった。

敬老の売却に反対する人たちは、バッジなどを売って運動資金を集めてきた
Photo © Mirei Sato
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オドネル裁判官の前には、州司法省、敬老、パシフィカ、反対派、DFEHを代表して、弁護士たちが並んで立った。
まず、反対派を代表するアキコ・クリスティーナ・ニシノ弁護士が、「敬老は日系人にとって特別な場所であり、同様の施設がほかにないという意味でアメリカだけでなく国際的な宝物だ」などと述べた。
弁護団は、「売却によって高齢の居住者が精神的にも肉体的にも回復不可能な損害を受けている」「売却の手続きは穴だらけだ」として、オドネル裁判官に、売却の一時差し止め命令(temporary restraining order)を出すよう要求した。
これに対して、パシフィカのデビン・M・セネリック弁護士は、「敬老が唯一無二の宝物だというのには同感だ」と前置きしたうえで、「買収した後に閉鎖するわけでもなく、所有者が変わる以外、すべてが同じまま。日本文化などの活動も継続するよう、司法長官から義務づけられている」と、強調した。
反対派の主張は、「XXが起こるかもしれない」という憶測にもとづいたものであり、売却の手続きが遅れれば金銭的なロスにもつながり、それこそ高齢者たちの損害になる、とも述べた。
一方、DFEHは、苦情を調査した結果、「差別が起きていると信じるに至る十分な理由がある」として、売却の完了を少なくとも20日間延期するよう執行令状を発行してほしいと、オドネル裁判官に求めた。
売却の話と、そのコミュニケーションのまずさが、「入居者のストレスを増大させ、恐れや不安、孤立した気持ちにさせ、障害を悪化させた」と主張した。
敬老のスティーブ・タジー弁護士は、これに反論し、「非営利団体を営利団体に売却することは、差別でも違法でもない。仮にコミュニケーションの方法が悪かったとしても、それが差別にあたったとしても、売却そのものとは関係がない」「DFEHが、(売却を認可した)州司法省の決断に干渉すべきではない」と述べた。
DFEHは、売却そのものを差別だと言っているわけではなく、差別の実態を調べるために売却の延期を求めた。オドネル裁判官は、そこを突いて、売却を一時的に差し止めるだけの十分な根拠はない、と判断した。

ボイルハイツにある敬老の施設の入り口
Photo © Mirei Sato
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あっけないともいえる裁定に、反対派の人たちはショックを受けた様子で、涙ぐむ人もいた。
フランク・オオマツさんは、法廷の外の廊下の椅子に座り込んだ。本誌がコメントを求めたが、そんな気持ちにはなれない、と首を横に振った。
「がっかり」。それだけ、絞り出すように言って、去っていった。
守る会の弁護団を率いるエリッサ・バレット弁護士は、「非常に失望した。でもこれからも正義を求め続ける」と話した。ニシノ弁護士も、「これで終わりではない。闘い続ける」と言った。
一方、敬老シニアヘルスケアのゲイリー・カワグチ理事長は、本誌の取材に対して、次のコメントを寄せた。
「我々は、裁判所が、敬老の施設の売却が計画どおりに進められるよう判断を下したことを、非常に嬉しく思っている。この問題は両サイドに強い思い入れがあることは理解しているが、高齢者を敬い、適切なケアを提供し続けられるように、私たちコミュニティーが傷を癒して一つにまとまることができるよう、希望している」
敬老・売却問題に関するフロントラインの過去の記事はこちら:
⚫︎2016年1月24日「ノーマン・ミネタ元運輸長官が反対派支援を表明、日系社会のシンボル」
⚫︎2016年1月16日「反対派が300人集会、非営利団体を結成、司法長官は『対話と交渉』提案も」
⚫︎2015年12月3日「ショーン・ミヤケ・敬老シニアヘルスケアCEOにインタビュー」
⚫︎2015年11月26日「反対派集会に500人、経営陣の辞任要求、政治的駆け引きへ」
⚫︎2015年11月23日「経営陣と反対派、相違広がる、今夜タウンホール集会、連邦議員も出席」
⚫︎2015年11月13日「反対派が11月23日、リトル東京でタウンホール集会を開催」
⚫︎2015年11月10日「新局面! 司法長官『売却撤回せず』、反対派『断固阻止』で11月下旬タウンホール開催へ」
⚫︎2015年11月6日「カリフォルニア選出連邦下院議員16人がハリス州司法長官に陳情書を提出」
⚫︎2015年11月1日「敬老を売るな! 5000人以上の署名集まる」
⚫︎2015年10月26日「反対署名集め、ロサンゼルス日系コミュニティーが運動開始」
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