第43回 スペイン、シェリー発祥の地を訪ねる

文&写真/斎藤ゆき(Text and photos by Yuki Saito)

写真1Photo © Yuki Saito

写真1
Photo © Yuki Saito

 シェリー酒の取材で、スペイン最南西に位置するヘラス地域(Jerezはスペイン語でシェリーを意味する)に来ている。地図で見ると、イベリア半島の最南西。太平洋に面しているが、南の対岸には北アフリカが迫る。かつては海洋貿易で栄えた古都だが、現在ではスペイン国内で最も貧しい地域のひとつといわれている。とはいえ、シェリーワインの発祥地であり、今でも数世紀を経たボデガ(シェリーを醸造、保存する蔵)が町の中心に立ち並ぶ歴史と風情のある町並みだ。(写真1)

 シェリー酒は、「酒精強化ワイン(fortified wine)」といわれるワインで、ワインと違うのは、アルコール度の高いリキュールを加える(酒精強化)ことで、40度以上にも達する暑いスペインの夏や、遠くイギリスや新世界にながい船旅をしていた時代に、スポイルしないという手当てをしていることだ。ポルトガルのマデイラや、イタリアのマルサラも、同じ類の酒だ。シェリーのユニークな風味は、地場でしか育たない「フロアー(flor)」と呼ばれるイースト菌の活躍による。

写真2Photo © Yuki Saito

写真2
Photo © Yuki Saito

写真3Photo © YukiSaito

写真3
Photo © Yuki Saito

 この菌は、通常のワイン酵母と違い、常に酸素を必要とする変り種だ。普通のワインは、空気に触れると酸化する(お酢になってしまう)ため、樽に空気が入らないように常にワインで満タンにしておく必要がある。しかしシェリーの場合は、樽の1/6までしかワインを入れずに、わざと空気を樽内に閉じ込めておく。そうすることで、シェリー地方の蔵(樽も含む)に住み着くフロアー菌が、樽内のワインの表面に発生し、最後には表面を全て覆ってしまう。つまりはワインが空気に直接触れることがなくなり、酸化を防ぐというわけだ。(写真2)この状態が長く続けば続くほど、パンが発酵しているようなイーストっぽい香り(俗にシェリー臭といわれる)や、塩っぽい海の匂いが漂う、フィノ(Fino)やマンザニア(Manzanilla)というシェリー酒になる。(写真3)

 シェリーはこういう超辛口の玄人受けするものばかりではなく、素人向けの甘口もある。そもそもシェリーにしろマデイラにしろ、大昔にイギリス人が自国(と植民地)の貿易振興のために作った酒で、そのために「酒精強化」という技を開発した経緯がある。甘口のワイン好きなイギリス本国では、甘いリキュールを加えて作るクリームシェリーの人気が高く、かくいう筆者もニューヨークの学生時代には、ひと瓶3ドルで買えたHarvey’s Bristol Creamを愛用していたものだ。

写真4Photo © YukiSaito

写真4
Photo © Yuki Saito

 ちなみに、シェリーもフランスのシャンパーニュ同様、EUのワイン法で保護されており、「アンダルシア地方の、パレミノブドウ品種などの指定品種で、シェリー製法でつくったもの」を指す。パレミノというブドウは、日本の甲州やロワールのミュスカデのように、比較的凡庸であまり特徴のない品種だ。だからこそ、こういう特殊製法に向いているといえる。最高品質のパレミノが生産されるのは、「シェリースーペリヤー」という小さな地域。今回の視察でも、その地域独特の「アルバリザ」土壌を視察した。シャンパーニュに近い白っぽい土で、小石のような表土を手にとって握りしめるとボロボロと簡単に壊れる。要は、雨の少ないこの地域に不可欠な、水分の吸収が良く保存が効く土質で、真夏の暑いさなかにブドウの木に必要な水分を与えることのできるテロワールだ。(写真4)近年はイギリスのシェリー離れが進行し、今後の生産が懸念される。利に聡い生産者は、シェリーから普通のワインの生産に切り替え始めている。こういうデリケートなワインこそ、日本食とのペアリングに活躍できないか? 悩ましい限りである。

この記事が気に入りましたか?

US FrontLineは毎日アメリカの最新情報を日本語でお届けします

斎藤ゆき (Yuki Saito)

斎藤ゆき (Yuki Saito)

ライタープロフィール

東京都出身。NYで金融キャリアを構築後、若くしてリタイア。生涯のパッションであるワインを追求し、日本人として希有の資格を数多く有するトッププロ。業界最高峰のMaster of Wine Programに所属し、AIWS (Wine & Spirits Education TrustのDiploma)及びCourt of Master Sommeliers認定ソムリエ資格を有する。カリフォルニアワインを日本に紹介する傍ら、欧米にてワイン審査員及びライターとして活躍。講演や試飲会を通して、日米のワイン教育にも携わっている。Wisteria Wineで無料講座と動画を配給

この著者への感想・コメントはこちらから

Name / お名前*

Email*

Comment / 本文

この著者の最新の記事

関連記事

アメリカの移民法・ビザ
アメリカから日本への帰国
アメリカのビジネス
アメリカの人材採用

注目の記事

  1. ニューヨークの古い教会 根を詰めて仕事をし、極度に集中した緊張の日々が続くと、息が詰まって爆...
  2. ダイナミックに流れ落ちるヴァージニア滝の落差は、ナイアガラの滝の2倍 カナダの北西部、ノース...
  3. アメリカでは事故に遭い怪我をした場合、弁護士に依頼することが一般的です。しかし日本にはそう...
  4. グッゲンハイム美術館 Solomon R. Guggenheim MuseumNew York ...
  5. 2023年2月14日

    愛するアメリカ
    サンフランシスコの町並み 一年中温暖なカリフォルニアだが、冬は雨が降る。以前は1年間でたった...
  6. キルトを縫い合わせたような美しい田園風景が広がるグラン・プレ カナダの東部ノヴァスコシア州に...
  7. 本稿は、特に日系企業で1年を通して米国に滞在する駐在員が連邦税務申告書「Form 1040...
  8. 九州より広いウッド・バッファロー国立公園には、森と湿地がどこまでも続いている ©Parc nati...
ページ上部へ戻る