第44回 人生の第二楽章

文&写真/樋口ちづ子(Text and photo by Chizuko Higuchi)

新東京駅Photo © Chizuko Higuchi

新東京駅
Photo © Chizuko Higuchi

 1本のメールが入った。高校の同窓会があるから日本に帰って出席してみませんか、と書かれていた。出身地の山口県萩市には、高校が4つある。その合同同窓会が東京であるという。4年に1度だから250名くらい集まるよ、と。18歳で故郷を出てから、50年弱が過ぎた。米国での長く激しい日々は故郷を忘れさせたから、同窓会とは今日まで無縁だった。しかし、ふと、出てみようか、という気になった。

 会場は東京駅前の日本工業倶楽部会館だった。ノスタルジックな外観が美しく復旧された東京駅に降り立った。駅前には丸の内のシャープなビルが並び、銀座や皇居も近いから、ここが日本の中心地の一つでもあろう。人々が足早に行き交っていた。これが東京だ。狭い国土、沢山の人、勤勉に働き、最大限の努力をし、生計を立てている。

 同窓会は初体験だから少し緊張した。大半を占める男性は皆ほぼ黒装束。四分の一程の女性たちは一歩下がって男性たちを引き立てていた。人々の行動形態は50年前と大差ないようだった。心配していた通り、互いに老いた顔の中に旧友の顔を見分けるのは困難だった。辛かったのは、あれこれと話している内に、既に亡くなったクラスメートがいたことだった。純朴だった高校生の日々が思い出された。誰の上にも輝く青春があった。今では亡くなった命、歳月の波に翻弄された顔、まだ若さがきらめく顔。流れた時間は同じでも、残された足跡は異なっていた。それでも同じ土地で学んだ者同士の温かい連帯感がある。以心伝心の思いやりと言ってもいいかもしれない。乗り越えた苦労は同じだ。

 翌日は出身大学の校友会のお祭り、稲門祭があると教えられた。3年前アメリカまで遠征に来てくれたグリーOBの先輩達も現役学生と一緒に校歌や応援歌を歌うという。聞きにおいでよと誘われた。当時、貧乏学生の私は生活を自分で賄っていた。アルバイト先から授業にギリギリ駆けつけた。大隈侯の灰色の銅像の背中もゆっくり見上げる暇もなかった。階段教室のステージで歌うグリーの歌声を聴いた時だった。腹わたから湧き上がり、身体に共鳴する声は勇壮で、激しく、優しく私を包んでくれた。熱いものが込みあげた。このために日本に帰って来たのかもしれない。人生の第一楽章をこれで締めくくれると思った。米国では、自分の出身を言わなかった。ゼロからの出発で日本での経歴など全く関係なかったからだ。だから何の恩恵もこうむらなかった。しかし、良い時も悪い時も私を無言で内から支えてくれた。生活が崩れても精神が崩れなかったのはこの日本人の覇気があったからかもしれない。

 東京の生活は様変わりしていた。どの駅前も見渡す限り高層住宅マンションが林立していた。人々は通勤に長時間かかる郊外の高価な一軒家を捨て、狭くても便利な都心に移る。誰でも自分の城を手に入れ、生活を楽しめる良い時代になったのだろう。一方で外国に出て未知の荒野にチャレンジすることが色あせたらしい。何処でどんな人生を生きるのかは、個人の自由だ。デジタル時代は世界の景観も生活も簡単に知ることができるから、知ったつもりになり、未知への興味を失いがちだ。しかし、実際に自分の体を地球の反対側に運び、人と交わることのインパクトは絶大である。それこそが我々を思慮深く、強く、賢く、優しい人間に鍛え上げてくれる。異質なものを理解しようと努め、人間としての根本の共通項を見分ける賢さを身につける。一地方と世界とのつながりを体感できなければこれからの世の中を充実して生きるのは難しい。日本国内の繁栄だけに甘んじたツケは近未来にやって来ないだろうかと危惧する。

 米国は絶えず理想的な未来を探し続け、何でもありの激動の国だ。この国で生きることを選ぶには、小さな勇気がいる。強風を受けてもいい。パンチをくらってもいい。路上で息絶えてもいい。米国人のように話し、行動し、考え、生きた証を残せるように生きたい。米国では誰にでもそのチャンスがある。人生の第二楽章をここで生きるために、私はロス空港に降り立った。

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樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

ライタープロフィール

カリフォルニア州オレンジ郡在住。気がつけばアメリカに暮らしてもう37年。1976年に渡米し、アラバマを皮切りに全米各地を仕事で回る。ラスベガスで結婚、一女の母に。カリフォルニアで美術を学び、あさひ学園教師やビジュアルアーツ教師を経て、1999年から不動産業に従事。山口県萩市出身。早稲田大学卒。

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