第46回 独ではロボットが畑作業、 米国ではトランプ大統領がワイン業界を破綻に追い込む?

文&写真/斎藤ゆき(Text and photos by Yuki Saito)

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 現在、ドイツに来ている。目的の一つは、醸造学、葡萄栽培分野で世界をリードするガイゼンハイム大学と、VDP(独を代表する優良ワイン生産者協会)共催のゼミナールに出席するためだ。ゼミのテーマは「葡萄農園におけるロボット活用」。ワイン生産国はどこでも、農作業に従事する肉体労働者の確保に必死だ。ヨーロッパもアメリカと同じく、外国から来る季節労働者に頼ってきたが、彼らの出身国である旧東ヨーロッパの経済発展にあいまって出稼ぎが減少し、ワイン生産者にプレッシャーを与えている。

加えて、ドイツを代表するモーゼル、ラインガウなどの最優良葡萄地域は、45度という厳しい急斜面にびっしりと狭い間隔で葡萄の木を植えており、おまけに表土はツルツルと滑りやすい瓦礫状だ。当然、トラクターの乗り入れは不可能で、熟練作業員が命綱をつけて昇り降りをしながら農作業するが、毎年転落事故や死者を出すと言われる危険な地域である(写真参照)。そこで進められてきた研究が「畑作業用ロボット」というわけだ。急斜面でも滑らずに這い上がり、表土や葡萄の根を傷つけない工夫を施した特殊なタイヤを開発。遠隔地操作で畑の状態(水分の過不足や、害虫被害など)をモニターしたり、葡萄の成熟度を測ってデータをコンピュータに送信し、更には人間に代わって薬をまいたり、収穫をする。まだ、研究開発の段階だが、ここに応用されるテクノロジーは既に他分野で活躍している。例えば、紛争地域で埋められた地雷を撤去するロボットや、災害地域で被害者を捜索するロボットなどがそうだ。

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労働不足は世界のワイン地域でも深刻な問題で、メキシコ人労働者頼りのカリフォルニア州では、移民法絡みの懸念もあり、積極的にテクノロジーを取り入れてきた。1日がかりで畑を歩いて、開花や実の成熟度などをモニターしたり、マスクをつけて農薬を撒く効率の悪い作業は、ヘリコプターやドローンを飛ばしたり、トラクターに搭載した精密機械が代用する時代になった。とはいえ、これだけの機材を購入できるのは、まだ裕福な大規模農家や企業のワイナリーに限られている。デジタル化が進み、スマートフォン仕様のモデルの汎用化が進めば、近い将来こういう機材が気軽に使えるようになるだろう。

今では新世界はもちろん、フランス各地でも使われている人工収穫機だが、下手な収穫者が摘むよりも葡萄に優しく、高スピードで収穫をする。手摘み以外は絶対タブーと言われるスパークリングワイン用の葡萄でも、今では傷をつけずに機械で摘めるまで精密度を上げてきた。「当シャトーでは、丁寧に大勢の人の手と目を使って、しっかりと葡萄を選別しています」などというリップサービスなど信じてはいけない。世界最高品質のワインを作り続けるボルドーの一級シャトーやナパの高級ワイナリーに行けば、誇らしげに見せてくれるのが、光センサーを搭載した超精密な選果機だ。かなり高価なものなので、滅多にお見かけしないが、きっと近い将来、小規模でコンパクトなタイプのものが開発されていくと予想される。

と書いてきて、ふと嫌なことを考えてしまった。もし、あの「トランプ」が米国の大統領に就任してしまったら、メキシコ人労働者は国外追放となり、アメリカのワイン産業は壊滅的な被害を受けることになる。早く畑の機械化を実現しないと、大変だ~!

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斎藤ゆき (Yuki Saito)

斎藤ゆき (Yuki Saito)

ライタープロフィール

東京都出身。NYで金融キャリアを構築後、若くしてリタイア。生涯のパッションであるワインを追求し、日本人として希有の資格を数多く有するトッププロ。業界最高峰のMaster of Wine Programに所属し、AIWS (Wine & Spirits Education TrustのDiploma)及びCourt of Master Sommeliers認定ソムリエ資格を有する。カリフォルニアワインを日本に紹介する傍ら、欧米にてワイン審査員及びライターとして活躍。講演や試飲会を通して、日米のワイン教育にも携わっている。Wisteria Wineで無料講座と動画を配給

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