物流を制すものはビジネスを制すか? 第8回
- 2018年2月14日
太平洋航路の安定を目的に、1989年に設立されたTSA(Transpacific Stabilization Agreement/太平洋航路安定化協議会)が2018年2月8日にその役割を終え、静かに幕を閉じた。一つの時代の終焉であり、業界に長く関わってきたものにとっては寂しい気持ちである。
業界関係者以外にはあまり聞き慣れない名前と思われるがアジア−米国間に配船する船社にとっては一定の拘束力を持ち、業界擁護の役割を果たしてきた団体の一つとして一定の評価を得ていたのも確かだ。
TSAが設立された背景には、アジア−米国間の運賃を取り決める北米運賃同盟の凋落・解散がある。貿易自由化を標榜するアメリカのレーガン大統領の政策により、強い拘束力を持っていた北米運賃同盟が弱体化し消滅。その後、運賃や規制に歯止めがかからなくなったアジア−北米航路を、ある一定の制約・制限と拘束で業界全体を支えてきたのがTSAであるともいえた。
今年は130年続いた欧州運賃同盟が2008年に解散して、10年の節目の年である。最強といわれた欧州運賃同盟はなぜ消滅したのか、規制緩和で姿を消した北米運賃同盟の背景は、そしてTSAはなぜその存在意義をなくしたのか。その遠因や背景、そして今後さらに激化が予想される太平洋航路の展望を、数回に分けてこのコラムで伝えていきたい。
(1)最強といわれた欧州運賃同盟の発足
コロンバスのアメリカ大陸発見やバスコ・ダ・ガマの世界一周から始まり、欧州の国々がアフリカや中南米を植民地化してきたことは世界史を通じて知る人は多い。最強といわれたスペインは中南米を、そしてそのスペインを追い落とし、世界の制海権を握った英国はアフリカ、インド、そして中国まで範囲を広げ、その勢いは徳川時代の日本にも及んだ。
英国はインドに東インド会社という貿易会社をつくり、茶や塩などの産品をインドから安く買い叩き、母国との貿易により莫大な利益をあげて国益に大きく貢献した。また、中国にアヘンを持ち込み、高額な取引を始めた。これが中国とのアヘン戦争に発展。その戦争に負け、中国は英国に100年の長きに渡り香港を明け渡すこととなる。インドや中国を基点に東アジア進出を目論む英国は、上海にも貿易拠点を設け、上海と母国である英国との交易および周辺国との貿易で強大な力と資金を蓄えることに成功。英国から独立した米国も欧州列強(英、仏、蘭)などとの対抗上、太平洋諸国への交易の働きかけを強化した。
徳川時代の後期(1850年以降)、現在は神奈川県の浦賀に米国のペリー提督率いる米国艦隊が現れ、当時鎖国政策を取る徳川政府に対し開国を迫ったのも、世界列強の植民地政策の一環である。そのペリーの取った恫喝ともいえる対日政策が、後の攘夷運動(外国の勢力を敵として払いのける運動)を呼び起こした。日本は「開国」か「攘夷」か、国を二分する政論が渦巻き、幕末動乱の時代が起きるのである。
1600年の関ケ原の戦いで徳川側の東軍に破れ、領地を奪われて徳川への復讐に燃える長州、薩摩、土佐などの雄藩が倒幕に傾くのも故ないことではない。時代は徳川幕府に終焉を告げ、薩摩、長州、土佐(後に肥前も加わる)を中心とする明治新政府がスタートした。
徳川を倒したのは薩摩、長州など雄藩の志士たちではあったが、彼らが徳川と対等に戦うことができたのは、彼らが徳川をも凌ぐ優れた武器、弾薬、大砲、砲弾を持ち得たからである。攘夷を標榜する彼らはなぜ異国の文物である外国製の武器を入手できたのか。
一つは薩長同盟を成し遂げた土佐藩の坂本龍馬が設立した亀山社中(のち、土佐藩傘下に入り海援隊となる)の口利きにより、英国と武器購入の契約を秘密裏に進めることができたこと。もう一つは、藩論が攘夷で外国人は斬殺も了とされるなかで、長州は井上聞多(のちの井上馨)や伊藤俊輔(のちの伊藤博文・初代内閣総理大臣)を秘密裏に英国に留学させ、欧州の文化、文明、文物を学ばせ交流を図っていたことである。
薩摩も五代友厚などを上海や英国に密留学させ、欧米の知識を吸収させて帰国させていた。
薩摩も長州もうわべでは攘夷を唱えつつ、実際には英国との交易を深め、それにより英国から優れた武器や弾薬を購入したのである。
その中心的な働きをしたのが、死の商人といわれたグラバーの働きによるところが大きい。
彼は英国から波濤を超えて、極東にやってきた命知らずの英国商人であった。そして、彼の貿易を実務で支えたのが、英国海運会社であるP&O(Penninsula & Oriental Steamship Navigation)だ。P&O社は英国政府の後ろ盾を受け、貿易の輸送により利潤を上げていた。この会社の存在がのちの日本の実業界、産業界に大きな波紋を投げかけるのである。
次号に続く。
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